2018年の夏休みまであと少し。家族旅行や帰省の予定でいっぱいの家庭も多いだろう。長期休暇は、普段は行けないエリアまで足を伸ばすチャンス。せっかくなら、子どもの学びを豊かにする旅を計画したいものだ。

 教育・受験情報サイトの「リセマム」は、大学教授、学校教諭、塾・予備校やその講師、教育業界関係者の協力を受け、教育関係者オススメの子どもの学びに役立つ「観光地」や観光名所をリストアップした。まだ行ったことがない場所はもちろん、すでに見たことがある場合も、見学のポイントや保護者の「声かけ」ポイントをおさえ、再訪してみたくなること請け合いだ。

 教育関係者への質問事項および回答は、(1)その観光地を選んだ理由、(2)学びに生かせる見学のポイント・見どころ、(3)保護者の「声がけ」のヒント、(4)事前学習に役立つヒント・教材の4つ。特に(3)については、実際に現地を回りながら子どもにかけるとよい質問やアドバイスをまとめてもらった。なかには中学受験や高校受験、大学受験で頻出のエリア・キーワードもあるため、受験を考える親子にはぜひ、活用していただきたい。

 なお、オススメ観光地の対象はおもに小学3年生以上を想定している。ただし、子どもの興味関心は無限大。学年や年齢にこだわらず、自由な発想で旅行計画を立てていただければ幸いだ。

教育関係者がオススメ!
親子で行きたい夏休み社会科見学
「観光地」編 目次
◆皇居、大阪城、名古屋城などの城郭(宮路秀作氏)
◆富岡製糸場(佐滝剛弘氏)
◆富岡製糸場(中学受験グノーブル社会科)
◆碓氷第三橋梁(めがね橋)(鈴木邦明氏)
◆富士山(福井渉氏)
◆静岡市立登呂博物館(重野陽二郎氏)
◆関ケ原古戦場跡(横山翔一氏)
◆大仙古墳(仁徳陵古墳)(川村幸久氏)
◆井沢弥惣兵衛の生誕地巡り(増田乃美氏)
◆端島(軍艦島)(毛谷村英治氏)
◆端島(軍艦島)(馬屋原吉博氏)
◆長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連の遺産(佐藤幸夫氏)

皇居、大阪城、名古屋城などの城郭
場所:東京都千代田区、愛知県名古屋市、大阪府大阪市
推薦者:宮路秀作氏(代々木ゼミナール 地理 講師)
(1)推薦理由:
 3つの城郭に共通するのは、「台地の末端」に建設されているということです。台地の背後には平野が広がり、台地の末端は、平野から見上げることになりますので、威厳を示すことができ、また敵の襲来が困難です。明治時代になると、鉄道の開通によって街の中心地が駅周辺へと移行していきます。そのため、城郭(現在の城跡)は現在の街の中心地から離れた場所に立地していることになります。このように、当時の人々がどのような条件で城を建てていたのかを知るよいきっかけとなりますし、これは現在の我々が「どこに家を建てようか?」といった際の気づきになります。
(2)見学のポイント・見どころ:
 「台地の末端」に位置しているということは、城郭に向かうにつれて、平野から台地へと移行するということです。そのため城郭に近づくにつれて、急な坂を登ることになります。このように、上り坂を移動する際に、台地へと移行していることを気づかせたいところです。
(3)保護者の声がけのヒント:
 まずは、平野部から城郭を見上げて欲しいと思います。「なぜ、あんなに高いところに建っているのか?」という歴史的な視点、「なぜあんなところに建てることが出来たのか?」という地理的な視点をそれぞれ発問してほしいです。
(4)事前学習のヒント:
 –以下、2015年第1回東大プレの解説より抜粋–
 「名古屋は東京、大阪と並んで三大都市圏を形成する中心都市であり、人口は220万人ほどを数える。これらの三大都市は、広い洪積台地と沖積平野をもっており、また海に面しているという地形的な共通性をもっていた。洪積台地は更新世(かつて洪積世と呼ばれていた)に離水作用(海水準に対して相対的に地盤が隆起)によって台地状となったもので、地盤が固いとされている。一方の沖積平野、完新世(かつて沖積世と呼ばれていた)に河川の堆積作用で形成された平野で、近1万年の間に形成されたため地盤が軟らかい。」
 「東京、大阪、名古屋の三大都市では、戦国時代から江戸時代初期にかけて、大規模な城郭が築かれた。城郭が築かれると、城下では商工業が発達して城下町を形成し、これらの都市の発展を促していった。三大都市に共通する城郭は、いずれも洪積台地の末端に位置しているということである。江戸城は武蔵野台地の東端、大阪城は上町台地の北端、名古屋城は熱田台地の北西端にそれぞれ築城されている。東京23区においては愛宕山などの台地を表す地名や、九段坂、昌平坂、三宅坂といった坂を表す地名が残っている。台地は地盤が固いため築城するときの障害が少ないことは建築上大きな利点である。また台地の末端は軍事上、重要な拠点となる。これは防御という点において大きい。台地上は、周辺を見渡すことが可能であり外敵の侵入を発見して迎え撃つことが可能となる。さらに段丘崖を背後に控えるため、外敵の侵入を困難にさせる。また城下町から見上げる形で城郭が築かれることとなるため、威厳を示すことができる点についても大きい。」
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富岡製糸場
場所:群馬県富岡市
推薦者:佐滝剛弘氏(京都光華女子大学 教授/NPO産業観光学習館 専務理事)
(1)推薦理由:
 2018年は“明治150年”。その黎明期、近代化のために外貨を必要としていた明治政府は、最大の輸出品たる生糸の品質向上のために、官営の器械製糸場を作る必要に迫られ、巨費をつぎ込んで完成したのが、2014年に世界遺産に登録された富岡製糸場である。堂々たる煉瓦造り、世界にふたつとない和洋折衷の工場群、生み出された生糸がたどった数奇な物語。連綿と115年間、ひたすら繭から生糸を生み続けた我が国の近代化のシンボルは、今年はずすことのできない文化遺産である。
(2)見学のポイント・見どころ:
 建設当時のまま奇跡的に残された繰糸所や東西の繭倉庫、フランス側責任者のポール・ブリュナが3年間住んだ住居をはじめ、明治から昭和にかけて建て増しされた重層的な工場施設を、じっくり見たい。
(3)保護者の声がけのヒント:
 蚕から繭へ、繭から生糸へと、農家と工場のかかわりについて。特に、繭の中の蛹は、人間のために殺されてその繭を使って生糸を作る。つまり、小さな命を犠牲にしながら成り立つ産業であったことに留意していただけたら、人間と動物の関係を考えるきっかけになる。
(4)事前学習のヒント:
 「日本のシルクロード 富岡製糸場と絹産業遺産群」(中公新書ラクレ)が、富岡製糸場だけでなく養蚕・製紙全般の理解の一助となろう。
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富岡製糸場
場所:群馬県富岡市
推薦者:中学受験グノーブル社会科
(1)推薦理由:
 富岡製糸場のオススメポイントは、「地理・歴史の両方を学べる」「首都圏からアクセスしやすい」「行き帰り、道の途中も学べるポイントが多い」という点です。
(2)見学のポイント・見どころ
 富岡製糸場で作られた生糸は、日本の産業の発展に大きく貢献しました。そこで作られた生糸がどのように日本の発展と関係していたのかを考えてみてください。
(3)保護者の声がけのヒント:
 <工場に行くまで>
 乗った高速道路や新幹線の名前、通った場所や乗換駅の名前などを確認しながら行くといいでしょう。たとえば、高速道路であれば途中まで「関越」自動車道を通ります。「この『関越』ってなんでこういう名前なんだろう?」と問いかけると、子どもの印象に残ります。
 <工場の中>
 工場の中ではさまざまな見所があります。興味のおもむくまま見学すれば、充分参考になるでしょう。
 <工場からの帰り>
 工場の近くには「こんにゃくパーク」などもあります。こちらもぜひ寄り道して「こんにゃくで有名なんだね」と一声かけましょう。
(4)事前学習のヒント:
 富岡製糸場のWebサイトを事前に見ておくといいでしょう。なお、富岡製糸場については、「中学受験グノーブル」3年生の通常教材「07」と「09」が対応しています。
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碓氷第三橋梁(めがね橋)
場所:群馬県安中市松井田町坂本
推薦者:鈴木邦明(帝京平成大学講師、元小学校教諭)
(1)推薦理由:
 旧国鉄信越本線の横川駅と軽井沢駅の間にある煉瓦作りの4連アーチ橋です。碓氷峠の緑の中に、百年以上の風雨に耐えた美しい煉瓦のアーチが保存状態良く残っています。1893年(明治26年)に完成したものです。この煉瓦は、明治期の実業家・渋沢栄一が興した日本煉瓦製造株式会社によって作られたもので、東京駅、法務省旧本館、世界遺産の富岡製糸場などが同じ煉瓦を使用しています。めがね橋周辺は「アプトの道」と呼ばれる遊歩道が整備されており、横川駅にある鉄道施設(碓氷峠鉄道文化むら)や途中のトンネルなどを見学することが可能です。
(2)見学のポイント・見どころ:
 幕末期・明治初期の開国から西洋化に関する内容に触れることができます。その後の発展における鉄道の役割、煉瓦の役割など、幅広いテーマで学ぶことができます。少し足を伸ばし、富岡製糸場も見学することで、より幅広い学びができるようになります。
(3)保護者の声がけのヒント:
 「この橋の役割はどんなものだったのだろう?」…役割はふたつです。(1)東京から直江津(日本海)へ抜けるルートの開発、(2)物流・軍事など。「どうしてあのような形(アーチ)の橋を作ったのだろう?」…アーチは力を分散し、安定した形。ローマ時代の水道橋などにも用いられていました。
(4)事前学習のヒント:
 安中市のWebサイトと、「碓氷峠鉄道文化むら」のWebサイトを事前に見ておくとよいでしょう。
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富士山
場所:静岡県・山梨県
推薦者:福井渉氏(小規模認可保育といろきっず運営 十色舎 代表取締役)
(1)推薦理由:
 一生の間に「富士山に登ったことある?」という会話は必ず何度か出てくるのではないかと思います。また、日本国外でも日本を象徴するものとして広く知られた世界文化遺産。誰にも知られていないとっておきのスポットや、通好みの観光地へ子どもと出かけるのもよいのですが、やはりメジャーで王道の場所こそ、子どもが「親に連れて行ってもらいたい」場所、親も「子どもを連れて行ってあげたい」場所ではないかと思います。また、その時だけでなく「親と一緒に行った」という経験そのものが忘れられない思い出として一生の宝ものになるはずです。
(2)見学のポイント・見どころ:
 大人自身だけでも大変ですが、親子で富士山に登るとなると、それ相応の事前準備と計画が欠かせません。しかし、ひとつのことに向かって計画を立てる、必要なものは何かを考える・知る・調べる、いよいよ当日を迎える前日のワクワク感、想像した以上の大変さや感動を得る、下山したあと素晴らしかったという充実感に浸る…。そして後々、楽しかった思い出話として何度も親子の会話で話題になる。その思い出は一生の宝ものになります。勉強ではなくお出かけで、親子共同でそのプロセスを楽しむことがとても有意義なものになるのではないかと思います。
(3)保護者の声がけのヒント:
 (1)と同様に、「親と一緒に行った」という経験そのものが一生の宝ものとなるでしょう。
(4)事前学習のヒント:
 ガイドブックやインターネットなどを通じて、事前によく調べて知識を得ておくことが大切です。また、いきなり富士山ではなく、それまでに登山経験を重ねておくこと、登山に慣れておくことが大事だと思います。
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静岡市立登呂博物館
場所:静岡県静岡市
推薦者:重野陽二郎氏(代々木ゼミナール 日本史 講師)
(1)推薦理由:
 静岡県静岡市にある登呂博物館は、約2000年前の弥生時代後期の登呂遺跡にあります。登呂遺跡は第2次世界大戦中の1943年、戦争に必要な物資を作るための工場(軍需工場)の建設予定地から大量の木製品が見つかったことがきっかけとなって発見された遺跡で、戦後になって本格的調査が行われ、全国的に見ても極めて価値の高い遺跡であることがわかりました。そのため、国が定めた史跡(歴史的な遺跡)の中でも日本の文化を象徴するものとして、学術上の価値が特に高い“特別史跡”になっています。弥生時代の特別史跡は全国に3つしかありませんので、これだけも貴重です!その遺跡にある博物館ですので、当時の木製品や住居跡など、弥生時代の人々の生活ぶりがとてもよくわかる博物館としてオススメです。博物館のある地域は遺跡公園になっていて、復元された建物跡や住居跡も魅力的です!
(2)見学のポイント・見どころ:
 今から約2000年前の日本人が、いったいどのような生活をしていたのかがわかる“証拠品”がたくさんあり、当時の稲作がどのようにして行われていたのかもくわしく学ぶことができます。この博物館では、弥生時代の生活体験ができるよう、火おこし器や石包丁、田下駄など道具も貸し出しています(書面での申請が必要です)。また、博物館に隣接する登呂遺跡公園には当時の竪穴住居や高床倉庫、水田などを復元していて、実際に竪穴住居の中に入ることも出来ます。
(3)保護者の声がけのヒント:
 木製品が何に使われていたのか、お米作りはどのように行っていて、どういう生活(食事や衣服、祭りなど)だったのかを問いかけてみてください。
(4)事前学習のヒント:
 (3)に関連して、登呂博物館のWebサイトから、「登呂博物館見学ワークシート」がダウンロードできますので、あらかじめ準備しておくといいです。ワークシートは問題形式なっていますが、答えも別で用意されているので便利です。小学校高学年用に作られていますが、低学年の児童は大人の人と一緒にご利用になれます。親子一緒に考えながら解いていくと楽しいですよ!
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関ケ原古戦場跡
場所:岐阜県不破郡関ケ原町
推薦者:横山翔一氏(モチベーションアカデミア下北沢校 校長)
(1)推薦理由:
 1600年に、徳川家康率いる東軍と、石田三成率いる西軍が「天下分け目の大戦」を繰り広げた場所です。日本人であれば誰もが知っているレベルの地名ですが、「関ケ原は何県?」と聞かれてパッと答えられる人が必ずしも多くないのも事実です。受け身な観光客を楽しませてくれるようなアミューズメント施設などはありませんが、しっかりと「予習」をして臨んだ人には、地形が合戦に与える影響など、いろいろなことを教えてくれる場所です。
(2)見学のポイント・見どころ:
 電車で行く場合は、JR関ケ原駅前の「観光交流館」を拠点にして、「徳川家康最後陣跡」や「島津義弘陣跡」「大谷吉継陣跡」といった関ケ原にはせ参じた戦国武将たちの陣の跡や墓を回ることになります。晴れていれば駅の近くにある「歴史民俗資料館」で自転車を借りるのがお勧めです。「決戦コース」や「東軍大好きコース」「西軍大好きコース」など、いくつかのモデルケースが準備されているので、使える時間と相談しながら行きたいコースを選びましょう。ただ、笹尾山の上にある「石田三成陣跡」は、関ケ原全体を見渡せますので、できるだけ行っておいた方がよいでしょう。
(3)保護者の声がけのヒント:
 関ケ原に集った戦国武将たちには、それぞれの「背景」や「思惑」があります。先に戦場に付き、比較的高い場所から見下ろす形で陣を敷いた西軍の石田三成や大谷吉継、島左近といった面々がどんな気持ちで東軍を待ち構えたのか。東軍の先陣として戦端を開くことになった井伊直正や福島正紀が、どんなルートで西軍に突撃していったのか。戦の途中で裏切ることになった小早川秀明は、どこからどんな景色を見ながらどんな気持ちで、その瞬間を迎えたのか。そういったそれぞれの登場人物のストーリーを予習した上で、親子で実際の景色を眺めながら思い出してみましょう。
(4)事前学習のヒント:
 とにかく関ケ原を楽しむためには「予習」が不可欠です。徳川家康と石田三成はもちろん、大谷吉継、福島正紀、小早川秀明、黒田長政、本田忠勝といった戦国武将たちが、それぞれ合戦においてどのような役割を果たしたのかについては事前に調べておきましょう。少しマニアックになりますが、決戦場から少し離れたところに陣を敷いた毛利秀元や吉川広家、池田輝政あたりの動きについても調べてから行けると、より戦の流れを深く理解できます。また、関ケ原の近くには揖斐川や長良川、木曽川という「木曽三川」が流れています。堤防で囲まれた集落として学ぶ「輪中」も近いです。いずれも中学入試では頻繁に目にするキーワードですので、受験に向けた勉強をされているお子さんにとっては、実際にその目で見てくることが、理解を深め、記憶を定着させる一助になるかもしれません。
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大仙古墳(仁徳陵古墳)
場所:大阪府堺市
推薦者:川村幸久氏(大阪市堀江小学校 主席)
(1)推薦理由:
 大阪府堺市にある、仁徳天皇をほうむったとつたえられる前方後円墳です。仁徳陵古墳とも呼ばれています。全長486m、高さ30m、三重の堀をめぐらした、世界最大のお墓です。ユネスコの世界遺産に登録しようという計画も進んでいるくらい有名なものです。小学6年生だったら、どの社会の教科書にも掲載されていると思います。その有名な古墳、その資料館を実際に社会見学として訪れるのはどうでしょうか。
(2)見学のポイント・見どころ:
 小学6年生の歴史の学習に生かすことができると思います。社会科の学習では、なぜこのような大きな古墳を作ったのかという課題で調べ学習を行います。その際、知識ではわかっていても、実際にこの大きさを体感することが、この時代の首長たちの思いに触れることができると思います。
(3)保護者の声がけのヒント:
 保護者の声がけはもちろん、子どもと一緒にこの古墳の大きさ、構造、できた経緯などを歩いて回りながら体感してほしいです。
(4)事前学習のヒント:
 事前学習をするとすれば、この時代までの日本のようすを再確認しておくことかな、と思います。歴史漫画などでも構いません。狩猟、米作りから、ここまで(大仙古墳まで)きた歴史を理解しておくことで、古墳時代のことがもっとよく知ることができると思います。
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井沢弥惣兵衛の生誕地巡り
場所:和歌山県海南市・海南群
推薦者:増田乃美氏(日本青少年育成協会理事・主任研究員)
(1)推薦理由:
 「井沢弥惣兵衛とは誰?」という方も多いと思います。しかし、井沢弥惣兵衛は、高い土木技術で河川改修や新田開発を進め、紀州藩主から幕府6代将軍となり「米将軍」と呼ばれた徳川吉宗を支えた凄い方なのです。紀州流土木技術を開発した技術を用い、海南市の「亀の川」を改修して新川を築き、亀池築造の大事業を成し遂げました。周囲の約300haの水田が潤い、長い間水不足に苦しんだ農民を救ったのです。さまざまな事業の中でもっとも有名なのは、関東平野の利根川と荒川を結ぶ「見沼代用水路(埼玉県)」を開発したことです。また、飯沼新田開発(茨城県)、紫雲寺潟干拓(新潟県)等をはじめ全国各地での活躍をしました。近年の夏場は、異常気象により雨が降らない日も続き、水不足のニュースも多く聞きます。そんな時代だからこそ、こういった技術を開発した井沢弥惣兵衛を巡り、新たな技術を創造するためのきっかけ作りにしてみてはいかがでしょうか。
(2)見学のポイント・見どころ:
【1、亀池】弥惣兵衛により宝永7年(1710年)に灌漑用池としてわずか3か月で造られた、周囲約4kmの県下最大級の溜池。当時、この池のおかげで約7,000人分の米の収穫が可能となったと言われています。現在は県立公園として市民の憩いの場に。
【2、井沢弥惣兵衛翁之碑】
【3、海南市歴史民俗資料館】弥惣兵衛愛用の水差しや井澤家の家系図などの貴重な現物を見ることができます。また、弥惣兵衛が測量に使用した水盛器(みずもりき)の縮小復元版も展示しており、弥惣兵衛の優れた知恵と技術に触れることができます。
【4、宗光寺】弥惣兵衛の菩提寺。弥惣兵衛は、基礎教養を宗光寺住職や野上ハ幡宮宮司などから受けたと考えられています。
【5、野上八幡宮】貴志川中流域に開けた、小畑の丘陵南麗に鎮座する野上八幡宮。欽明天皇の御代に八幡宮を建立したと伝わっています。万寿2年(1025年)、宣命により本殿など19社、中門、回廊など22屋を造営。弥惣兵衛は亡くなる直前に、郷里の野上八幡宮へ田地を寄進。寄進状(きしんじょう)と寄進状副状(きしんじょうそえじょう)、御託宣記修復奉納記(左記数少ない直筆書状)や手水鉢が残されている。
【6、井沢弥惣兵衛顕彰碑】海南市野上新にある弥惣兵衛の生家近くには、井沢弥惣兵衛顕彰碑が立ち、その偉業を今へと伝えています。顕彰碑がある県道沿い、数百メートル北の水田が弥惣兵衛が誕生した屋敷跡といわれています。
(3)保護者の声がけのヒント:
 正直、有名な武将でもないので、子どもには地味で楽しくない場所も多いと思います。しかし、多くの人の命を救うための開発をした人を知るということは、とても大切だと思います。そのことを保護者の方もきちんと理解し、場所を巡りながら、「これからの時代はどんなものが開発されるといいのかな?」というように、自分ならどんなものを作るだろうと考える機会を提供してみましょう。
(4)事前学習のヒント:
 青木義脩著「井澤弥惣兵衛為永―見沼新田開発指導者 その人と事績」、長谷川美智子著「見沼の波留」(いずれも関東図書)といった書籍のほか、水資源機構Webサイト内「水の匠 水の司~私説・井澤弥惣兵衛為永」などを読んでおくとよいでしょう。
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端島(軍艦島)
場所:長崎県長崎市
推薦者:毛谷村英治氏(立教大学観光学部観光学科 教授)

(1)推薦理由:
 良質な強粘炭を産出することから日本の近代化を支えた端島(軍艦島)は、石炭需要の高さゆえに莫大な投資がなされて開発が進み、大正時代には島で働く人たちのために日本初の鉄筋コンクリート造の集合住宅が建設されるなどして、超過密な炭鉱都市となっていた。しかしながら、国のエネルギー政策の転換によって1974年に閉山となり、人々が去った後は無人島となった。アクセスが困難な孤島であったため、当時の活気の余韻を残したまま廃墟となり、朽ち始めている。現代の生活につながる近代の暮らしの片鱗がそのまま残っていることから、現代の子供達が一般の人々の生活の痕跡(こんせき)を通して歴史が繋がっている事を実感しつつ学ぶ場として最適です。
(2)見学のポイント・見どころ:
 目的地である軍艦島の見学もさることながら、そこに至るために乗船しなければならない観光船のガイドが非常に秀逸で聞き応えがあります。産業遺産が観光対象とされたことで劣化が進行することを防ぎ、安全を確保しつつ観光客に観光資源としての価値や注意事項をきちんと伝えるために何に注意すればよいのか、といったことも学べます。昭和の時代の暮らしと、先人たちの努力や苦労の跡を見ることで社会の一員として子どもたちがどのように学び、社会人としての役割をいかにして将来担うかを考えながら見学をしてください。
(3)保護者の声がけのヒント:
 危険な箇所も少なからずありますので、安全に十分留意し、案内の方の注意をお子さんにしっかり理解させ、安全に行動するようにご指導ください。親御さんたちよりも上の世代の方々の暮らしがそこにあったわけですが、お子さんの祖父母さん、曾祖父母さん世代の社会生活の一場面が残っていることを念頭にご説明頂けるとお子さんたちも理解し易いでしょう。
(4)事前学習のヒント:
 国のエネルギー政策の転換により炭鉱開発が終焉を迎え、石油、液化天然ガス、シェールガス、核燃料などのエネルギー資源を海外から輸入するようになりました。それらの産出国は、日本と関係が深まっただけでなく、国際社会での役割が変化しました。日本でも、産業構造に変化が生じただけでなく、国際社会における位置づけを高めるべく海外政策に変化が生じてきた。社会のダイナミックな動きや変化を考えるきっかけとして端島を位置づけ、多彩な学びに繋げるきっかけにして事前学習を進めて下さい。
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端島(軍艦島)
場所:長崎県長崎市
推薦者:馬屋原吉博氏(中学受験専門のプロ個別指導教室SS-1 副代表/社会担当)
(1)推薦理由:
 2015年に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成遺産のひとつとしてユネスコの世界文化遺産に登録されました。明治から昭和にかけて海底炭鉱の入り口として栄えた島ですが、エネルギー革命とともに炭鉱は閉山、以降、無人島となって現在に至ります。今なお島に残る朽ち果てた建物群は、数十年前まで、そこで多くの人々が生活を営んでいたことを無言のうちに伝えてきます。正式名称は「端島(はしま)」ですが、その見た目から「軍艦島」と呼ばれています。20世紀の日本の栄枯盛衰を凝縮した島です。
(2)見学のポイント・見どころ:
 現在、特定のツアーに参加しないと見学することはできません。ツアー会社は複数ありますが、先日行ったときは「軍艦島コンシェルジュ」にお世話になりました。まずは船に乗る前に、軍艦島の歴史について解説した映像で、島の歴史や背景について学びます。島に上陸する前には、船の上から島の外観を見ながら、それぞれの建物の説明を聞くこともできました。上陸してから動ける範囲は非常に狭いですが、1,000m以上続く海底炭鉱への入り口や、日本初の鉄筋コンクリート製の7階建てアパートの跡など、苦しくても経済的には豊かだった島民の生活の痕跡を間近に見ることができます。
(3)保護者の声がけのヒント:
 お子さんや保護者の方によって、そもそも「行きたい」かどうかが結構分かれる観光地かと思われます。「あの階段から海底1,000mの深さまで、石炭を掘りに降りて行ったんだって」「あのアパートの屋上に、何十本も白黒テレビのアンテナが立ってたんだって」など、行ってみるといろいろ話しかけたくなるかもしれませんが、写真などを見た時点で「ここに行きたい」と感じる感性をお持ちのお子さんであれば、いつまでもじっと見ていたくなる光景が広がっていますので、あまり声がけは必要ないかもしれません。
(4)事前学習のヒント:
 インターネットで「軍艦島」と検索するだけでも、今や昔の島のようすについて多くの写真資料を見ることができます。受験生を連れて旅行に行くのは大変かもしれませんが、中学受験に向けた勉強をやりこんでいる受験生であれば、エネルギー革命が本格化する1960年くらいまで、日本のエネルギーの5割近くが石炭によって支えられていたことや、日本でも石炭の産出がさかんに進められていたことは学んでいるはずですので、学習したことの背景を目に焼き付ける良い機会になります。興味のあるお子さんであれば、「この世界の片隅に」や「おもひでぽろぽろ」、「Always 三丁目の夕日」といった、昭和の生活を教えてくれる映像作品を観てから行くと、より当時の島のようすを想像できるかもしれません。また、島の船着き場の構造上、波の高い日は上陸できないことがありますので、仮に上陸できなくても残念に感じることのないよう、長崎市街も楽しめる準備をしていくことをおすすめします。「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産としてまもなく登録される見通しですので、感受性が豊かな10歳前後のお子さんにとっては少し厳しいかもしれませんが、映画「沈黙-サイレンス-」などを観た上で、潜伏キリシタンの跡を追ってみるのも良い学びになるでしょう。
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長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連の遺産
場所:長崎県・熊本県
推薦者:佐藤幸夫氏(代々木ゼミナール 世界史 講師)
(1)推薦理由:
 2018年6月に新たにユネスコによる世界遺産への登録がほぼ確実視される遺産群として、マスコミでも話題になると思われること。キリスト教という素材であるため、日本の将来を背負って立つ子どもたちに、自国の文化・宗教政策に留まらず、世界への文化・宗教に興味を導ける要素を含んでいることが大きな理由のひとつです。宗教への偏見は、現代世界でも大きな問題となっており、そのことは、世界の紛争やテロなどを引き起こす原因ともなっていることを最終的に引き出せるメッセージ的な遺産でもあることも大切でしょう。また、長崎は、この世界遺産とは別に原爆の被爆地でもあり、軍艦島などの第2次産業革命に関する世界文化遺産もあることから、研究の対象からは外れても、「次はこれ!」といった継続性がある地域であることもオススメしたい点です。
(2)見学のポイント・見どころ:
 レンタカーやタクシーをチャーターして、迫害を逃れたキリシタンたちがどう信仰を維持してきたのか、また反対にどんな弾圧を受けてきたのかがわかる村々を訪問することで、なぜ、最初に受け入れて根付いていたキリスト教文化を迫害することになったのか、迫害の対象となっていなかった人々はこの迫害をどう見ていたのかを考えることがポイントなります。そのことは、現在のなんらかの差別や異文化への違和感や偏見について考えるチャンスともなるでしょう。
(3)保護者の声がけのヒント:
 いくつかの立場があります。迫害する幕府・迫害を命ぜられた役人・迫害を目の前で見た無関係な人・迫害を受けた日本人キリシタン・わざわざヨーロッパから命を懸けてやってきたイエズス会。子どもたちがそれぞれの立場になったら自分だったらどうするかを問いかけてみるべきでしょう。もし、保護者の方にさらなる知識があれば、なぜイエズス会は命を懸けてまで迫害の中で布教活動をやっていたのか、など、ヨーロッパでの宗教改革と世界伝道の関係を考えさせることもできるでしょう。
(4)事前学習のヒント:
 世界史の範囲になってしまいますが、まずは宗教改革とそれに対抗するために行われた「世界伝道」の背景から学習した方がよいかと思います。それが終わってから、日本の戦国時代に鉄砲伝来・キリスト教伝来を学び、織田信長・豊臣秀吉の宗教政策と江戸幕府になってからの宗教政策と鎖国を学ぶ形がよいでしょう。世界史の書籍は、自著ですが「決める!センター世界史」(学研教育出版)の140~146ページ、188~195ページを参考に、やさしくキリスト教と宗教改革に触れてもらいたいです。そのあと、「マンガキリスト教の歴史(日本編)」(いのちのことば社)を読んでもらうとわかると思います。さらに興味が深くなれば…、大浦天主堂近くには「コルベ神父」という人物が祭られている教会があります。このクリスチャンが何をした神父なのか、時代と場所に違いはあれ、キリスト教徒たちがやろうとしたことがどういう行動だったのかはわかると思います。
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 教育関係者ならの視点で選ぶ観光地・観光名所はいかがだったろうか。リセマムでは次回、「教育関係者がオススメ!親子で行きたい夏休み社会科見学『工場見学』編」も掲載予定。夏休みの自由研究にも役立つポイントとあわせ、次回もアツイ親子旅案内をお届けする。

【関連写真】【夏休み】教育関係者が選ぶ、親子社会科見学のすゝめ「観光地編」
Source: Ameba News

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